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津地方裁判所 昭和32年(行)1号 判決

原告 山口金次郎

被告 津地方法務局長

訴訟代理人 宇佐美初男 外二名

主文

被告が昭和三十一年十二月六日、原告等の申立にかかる津地方法務局富洲原出張所昭和三十一年十一月三日受付第三一二〇号競落許可決定による所有権移転登記嘱託事件の異議申立を却下したる決定はこれを取消す。

原告等のその余の訴はこれを却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、原告等が、津地方法務局富洲原出張所において昭和三十一年十月三日第三一二〇号事件として受付けた津地方裁判所四日市支部昭和三十一年二十八日付別紙第一目録記載の強制競売申立記入登記ある不動産に対する競落許可決定に基き原告両名のためにする所有権移転登記嘱託を却下したる決定に対してなした異議申立に付、被告が昭和三十一年十二月六日却下した決定を取消す。被告は津地方法務局富洲原出張所登記官吏に対し、右嘱託に応じこれが登記手続をなし、且つ別紙第二目録記載の登記簿を抹消閉鎖するよう命令せよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として

一、訴外生川むめは、昭和二十七年九月八日当時別紙第一目録記載の建物を所有していたが、右建物は未登記であつたところ、津地方裁判所四日市支部は昭和二十七年九月八日、津地方法務局富洲原出張所に対し、右物件に対する強制競売申立の登記を嘱託し、同出張所は同日右建物につき職権を以つて保存登記をなしたうえ、強制競売申立の登記をなした。

二、原告等は津地方裁判所四日市支部における強制競売事件において別紙第一目録記載の建物を競落し、同裁判所は昭和三十一年五月二十八日競落許可決定をなして同年十月三日津地方法務局富洲原出張所に対し登記義務者を三重群川越村大字豊田百九十四番地生川むめと表示して、原告等のためにする所有権移転登記を嘱託したところ、同出張所登記官吏は右物件が二重登記されているとの理由を以つて右嘱託を却下した。

三、よつて原告等は昭和三十一年十月十八日、被告に対し、右富洲原出張所登記官吏の却下決定に対する異議を申立てたところ、被告は同年一二月六日、別紙第一目録記載の建物は二重登記になつており、その所有者生川むめの住所が、一つの登記においては三重県川越村大字豊田百九十四番地となつており、他の登記においては四日市市大字富田一色五百四番地となつていて、右両登記における生川むめが同一人であるか否か不明であるとの理由を以つて右富洲原出張所登記官吏の却下決定を支持し、原告等の異議申立を却下した。

四、別紙第一目録記載の建物については昭和二十七年十月二十日二重登記となつたが、それは次のごとき事情によつて生じたものである。

即ち、右建物については先ず、前記強制競売申立の登記嘱託によつて昭和二十七年九月八日、所有者を三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめとして職権による保存登記がなされた。

然るところ、訴外生川むめは、昭和十一年九月二十八日受付にて三重県三重郡川越村大字豊田三百十八番木造瓦葺平家建牛舎一棟建坪七十一坪五合という、実際には右三百十八番地上に存在しない建物の保存登記を有していたが、これを、津地方法務局富洲原出張所登記官吏は右生川むめの申請に基き、昭和二十七年十月二十日、更正登記によつて地番及び建物の表示を変更して、別紙第一目録記載と同一の建物を登記した。(但し家屋番号は全部を通じて天神町三十二番地であつた)。そして、同日更にこれを分割登記によつて二筆に分け厩二棟については新たに天神町三十二番の二なる家屋番号を付し、全く前記職権による保存登記と同じものを作り上げた。

かようにして別紙第一目録記載の建物については昭和二十七年十月二十日二重登記ができ上つたのである。

五、然し、別紙第一目録記載の居宅一棟と厩二棟とは初めから別個の建物であつて、家屋台帳上も別個の建物となつている。

従つて右更正登記において、この二個の建物を一筆の登記用紙に登載したことは、一不動産一登記用紙主義に反し無効である。そして、一登記用紙に登載されて一個の不動産となつたものを更に分割登記によつて他の登記用紙に移記したことも一不動産一登記主義に反し無効である。

右富洲原出張所登記官吏は昭和三十一年十一月七日職権を以つて右居宅に対する登記のうち、更正、分割によつて作り出されたものを抹消閉鎖したが、厩二棟については、更正、分割によつて生じた登記を更に昭和二十八年六月二十五日別紙第二目録記載のとおり工場二棟に変更登記して、現在も前記職権による保存登記と二重登記の関係になつている。然し、この別紙第二目録記載の建物に対する保存登記も前記分割登記が無効である以上当然無効である。

六、然らば別紙第一目録記載の建物については、前記職権による保存登記が唯一の有効な登記であり、又右建物の所有者生川むめの住所が職権による保存登記記載の三重県川越村大字豊田百九十四番地に存在し、更正、分割によつて生じた登記に記載されてある四日市市大字富田一色五百四番地には存しないこと、及び生川むめは一人であつて他に存在しないことは、一挙手一投足によつて確め得ることであるから、別紙第一目録記載の建物が二重登記であり、そしてその二重登記の所有名義人生川むめが同一人なるか否か不明という理由の下に、右津地方裁判所四日市支部の登記嘱託を却下した富洲原出張所登記官吏の決定並びにこれを支持した被告の異議却下の決定は共に違法である。

七、よつて原告等は、被告の右異議却下決定の取消を求め、且つ被告に対し、不動産登記法第百五十四条第百五十七条に基き、富洲原出張所登記官吏に対し、右裁判所の登記嘱託に応じて登記をなし且つ別紙第二目録記載の建物の登記簿の抹消閉鎖をするよう命ずることを求むるため、本訴請求に及んだ。

と述べた。

被告指定代理人は、原告等の請求中、被告に対し給付判決を求める部分につき訴却下の判決を求め、その余の請求については請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告等が別紙第一目録記載の物件を競落したことは不知、その余の事実はすべて認める。被告が原告等の異議申立を却下したのは左の理由によるものである。

昭和三十一年十月三日津地方裁判所四日市支部より津地方法務局富洲原出張所に対し、別紙第一目録記載の物件につき、原告等のために競落許可決定による所有権移転登記の嘱託があつた当時においては、右物件は二重登記になつており、強制競落申立の登記嘱託により職権を以つてなされた保存登記においては所有者は三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめとなつており、表示更正登記及び分割登記がなされた登記(これによつて右物件は前記職権による保存登記と二重登記の関係になつた)においては、その所有者は四日市市大字富田一色五百四番地生川むめとなつていた。よつて登記官吏としては所有者の氏名が同一であつても住所が相違する以上別人として取扱う外はなく、而して苟も別個の所有者に保存登記がなされている以上(登記官吏としては、右生川むめが同一人であることを確認する術がない)、実質的審査権のない登記官吏としては、そのいずれをも職権を以つて抹消することはできない。右二重登記のいずれが有効なるかは、専ら本件建物の実体上の所有者がいずれであるかによつて決せらるべきものであつて、そして無効な登記と雖も、適法なる申請を侯つて初めてこれを抹消することができるに過ぎない。而して一方の保存登記を抹消することなく、二重登記のままにて、所有権の登記名義人を登記義務者とする登記の申請又は嘱託があつた場合には、申請書又は嘱託書に掲げる登記義務者の表示が登記簿と符合せざるもの(不動産登記法第四十九条第六号)として、当該申請又は嘱託を受理すべきでない。従つて右と同趣旨の下になした富洲原出張所登記官吏のなした本件登記嘱託の却下処分はまことに相当にして、これを是認した被告の異議却下決定も亦正当である。

と述べた。

当事者双方の立証並びに認否〈省略〉

理由

津地方裁判所四日市支部が昭和三十一年五月二十八日付競落許可決定に基き、別紙第一目録記載の建物につき、登記権利者を原告両名、登記義務者を三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめ、とする所有権移転登記を津地方法務局富洲原出張所に嘱託したところ、同出張所登記官吏は昭和三十一年十月三日右嘱託を却下し、原告等はこれに対し被告に異議を申立てたところ、被告も亦昭和三十一年十二月六日右異議申立を却下したこと、別紙第一目録記載の建物については、昭和二十七年九月八日強制競売申立の登記嘱託により、所有者三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめとして保存登記がなされ、又昭和二十七年十月二十日、四日市市大字富田一色五百四番地生川むめ所有の三重郡川越村大字豊田三百十八番木造瓦葺平家建牛舎一棟建物七十一坪五合につき表示更正登記及び分割登記がなされて、前記職権による保存登記と同一の登記ができ上り、昭和三十一年十月三日当時においては、二重登記となつていたことはいずれも本件当事者間に争いがない。

被告は、被告が原告等の異議申立を却下した理由として、別紙第一目録記載の建物は二重登記になつており、而してその各登記に表示された所有者生川むめの住所が、両登記においてそれぞれ異つているから、右生川むめは同名異人と見るの外はなく、従つて津地方裁判所四日市支部のなした所有権移転の登記嘱託は、その嘱託書に掲げたる登記義務者の表示が登記簿と符合せざる場合に該当するから、不動産登記法第四十九条第六号によりこれを却下すべきであり、よつて右登記嘱託を却下した津地方法務局富洲原出張所登記官吏の決定は適法であるから、被告も右富洲原出張所登記官吏と同一見解の下に、原告等の異議申立を却下したと主張するのであるが、実質的審査権のない登記官吏としては、二重登記されている不動産に対する権利移転の登記であつても、その登記申請又は嘱託書に形式上何等瑕疵がないならば、その指定された保存登記の実体上の有効、無効を顧慮することなく、これを受理して登記すべきである。

蓋し不動産に関する既存の登記は、実体上その効力を有しない場合であつても、これがため当然その形式上の効力を失うものではないから、登記官吏は、或る不動産につき登記をなすに当り、既存の登記があるにかかわらず、実体上その効力がないとしてこれを無視することができないし、((大審大正七、一二、三、民録二四輯二二八〇頁)、又、現行法上、二重登記された不動産については新たに権利の得喪、変更の登記をしてはならない旨の規定は何等存在しないからである。而して津地方裁判所四日市支部がなした登記嘱託書には、登記義務者として三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめと掲げてあり、又強制競売申立の登記嘱託によつて職権で保存登記された別紙第一目録記載の建物に対する登記簿には、所有者として三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめと表示してあるから、(津地方裁判所四日市支部は、所有者三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめと表示し、強制競売申立の登記のしてある登記簿に競落許可決定による所有権移転登記をなすべきことを嘱託したものであつて、所有者四日市市大字富田一色五百四番地生川むめと表示してある登記簿に所有権移転の登記を嘱託したものでないことは、右登記嘱託が競落許可決定に基くものであることによつて明らかである)、何等被告の主張するような登記嘱託書に掲げたる登記義務者の表示と登記簿のそれとが符合しないということはない。被告は登記を嘱託された登記簿以外の登記簿と登記嘱託書とを対照して、登記義務者の不符合を主張しているのであつて、その対照の客体を間違つているという外はない。

然らば、津地方法務局富洲原出張所登記官吏は、右津地方裁判所四日市支部の登記嘱託に応じ、別紙第一目録記載の建物に対する保存登記のうち、所有者三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめと表示してある登記簿に、原告等のために競落許可決定による所有権移転登記をなすべきであつて、右登記嘱託を却下した富洲原出張所登記官吏の決定は違法である。従つて又、右登記官吏の決定を支持して原告等の異議申立を却下した被告の決定も亦違法であるといわなければならない。よつて原告の本訴請求中、被告のなした前記異議申立却下決定の取消を求める部分は正当であるからこれを認容すべきものとする。

次に原告の、被告に対する給付命令を求める請求につき案ずるに、司法権は行政権に対する一般的な監督権を有するものではなく、行政訴訟においても、ただ単に行政庁の処分の適否を判断する権限を有するに過ぎない。三権分立の原則から云つて裁判所は行政庁に対し一定の作為又は不作為を命ずることはできない。従つて被告に対し、津地方裁判所四日市支部の登記嘱託に応じて登記をなし、且つ別紙第二目緑記載の物件に対する登記簿を抹消閉鎖するよう津地方法務局富洲原出張所登記官吏に命ずることを求むる原告の本件給付の訴は不適法として却下を免れない。

以上の理由により、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 西岡悌次 豊島利夫)

第一目録・第二目録〈省略〉

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